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 ジョン・ポントレジェンドクリニック(以下JPC)が終わり、1ヶ月あまりが経とうとしております。
 私自身この数ヶ月はJPCの準備と開催に没頭してまいりました。諸先輩方、後輩の皆さん、私の友人など、周囲の方々へ、様々なご協力とご支援をお願いしてまいりました。この場をお借りしてご無理をお願いした方々に、心よりの感謝の気持ちを述べさせていただきます。
 また今回のクリニックには、味の素様をはじめ、スポンサーの皆様のご理解とご協力がなければ、開催は到底およばなかったものと存じます。ご協賛の程、まことにありがとうございました。
山川JPC実行委員長  クリニックのことになると思わず夢中になってしまう、自分でも不思議なぐらい時間のことなど忘れて没頭してしまう、時にクリニックは人生までをも変えてしまう要素を持っていることを知っているからである。
 クリニックはフットボールの技術や戦術を教えてもらうばかりでなく、人生や教育のあり方を教えてくれる、時には国境を越えた強固な友情を生むことさえあるのだ。

 私は小学生の時に観た甲子園ボウルがきっかけでフットボールに興味を持ち、関西学院中学部に入部するやいなやアメリカンフットボール部に入部した。

 その後1971年12月23日甲子園球場での体験が、自分自身の人生を大きく左右と確信している。それは30年以上も前のことであるが、いまでもその情景や言葉のやり取りを鮮明に覚えている。
 古川明氏(現、関西協会理事長)の配慮で、我々中学部の部員も甲子園球場で行われたユタ州立大の公開練習(クリニック)に参加させてもらったのである。そこには武田建先生(当時、関学大監督)、鈴木智之氏(関学大元エースQB)らと、チャック・ミルズヘッドコーチがおられ、私の父も通訳のボランティアとして参加していた。

 当時OGとLBだった私は両ポジションの練習に釘付けになった。選手の4ポイントスタンスからの低く早いスタンスは迫力満点だった。またLBのスクエアスタンスからのリードディフェンスもまた魅力的であり、スマートであった。

 練習が終わり、武田先生から「中学部の選手は集まりなさい」と集合がかかった。
 武田先生のところに行くと、そこにはチャック・ミルズヘッドコーチとケント・ベアキャプテンがおられ、チャック・ミルズヘッドコーチから「君たちもいつか必ず立派なフットボール選手になりなさい、その為には毎日さぼらずに練習することです」との言葉をいただいた。その時の厳しくも優しい表情が脳裏に焼きつき、いまでも鮮明に記憶している。

 その日以来、私はより一層フットボールが好きになり、また私たち中学部の選手は見よう見まねでラインメンは4ポイントスタンスをし、LBはリードディフェンスをして、オフェンスはいち早くアイ・フォーメーションになった。


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