今回クリニックを企画するにあたって、私は幾度となく月刊タッチダウン誌VOL.5 (1972年1月15日 発行)を読み返した。
そこには我々の大先輩達がやってのけられた史上初の米国カレッジ単独チームの招聘、すなわちチャック・ミルズヘッドコーチ率いるユタ州立大の来日に関する記事が綴られている。
FAXもEメールもまだない時代。1ドルが360円した時代に、どうしてこんなスマートな発想が生まれ、それを成し遂げられたのか。
記事の中で特に私の胸を打ったのは古川明氏の体験記であった。
そこには『日本のコーチ陣が米国に行ってフットボールコーチングを勉強して欲しいこと、試合もさることながら2日間の公開練習(クリニック)により日本の若い世代が「フットボールの奥行きはこんなに深いものなのだ」ということを知ってくれただけで意義はあったということ、国内の競技関係者が「フットボールコーチング」をまず勉強するところからまたフットボールの発展が始まる』と記されていた。
その文には、大先輩らの心からの想いが凝縮されているように感じた。
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今回我々が行ったジョン・ポントレジェンドクリニックは、なにも新しい試みをしたわけではなく、もう一度原点に戻り、先人たちの偉業のあとを歩み直しただけなのである。
毎日反省し、勉強し、コーチングに反映させることしか「今日よりも明日」を上回ることは出来ない。
昨年、私がチーム(アサヒ飲料チャレンジャーズ)を離れることになった時に、ジョン・ポントコーチが「なにかに迷ったとき、その原点に戻れば答えは見つかるよ」と云われた意味がやっと解った様な気がする。
これからもひとりでも多くの選手が、フットボールを大好きになるように心がけていきたい。
松下電工でのフィールドクリニックが終わり懇親会に向かう途中で、ある大学のコーチ達と一緒になった。
彼らから「これで日本のフットボール界が変わる様な気がする」と言われた。「そんなにためになりましたか?」と尋ねると、「意味が違いますよ、今日はXリーグのコーチから小学生(チェスナットリーグ)のコーチまで、全員が同じ土俵でしたね、ついに垣根を越えたじゃないですか」。
正直言ってその言葉が一番うれしかった。
コーチ 山川 岳
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